sgr_incaのブログ

モラトリアムの終わる予感がない、社会人一年目のブログ

「努力と我慢」と「無理をすること」の違い

連投になるけど自分の気持ちを整理しておく。

 

もう一つ書きたかったテーマがあります。

気づきみたいなものですが。

 

ここ最近休日はずっと一人で過ごしています。

誘う友達がいないとかじゃないです。誘ったら来てくれるけど自分が楽しめる自信がないから誘わないんです。まあそれが友達がいないってことなんでしょうけど今はそれが問題じゃありません。

 

少し自分の話になりますが、

 

最近、自分は今までずっと無理してきたんじゃないかなと思っています。

 

 

人は無理をする生き物です。夢のために努力したり、また同じように我慢したりするのが人間です。それを「無理をする」と言ったらネガテイブに聞こえてしまうかもしれません。

 

でも自分の努力や我慢はその名の通りのものでは無かった。無理をしていた。

今までずっと願ってきたもの、

主にコミュ力ですが、

そのための努力と我慢をしてきたけど今まったく身についてないのは「無理をしてきた」からだと思うんです。

 

別の話になりますが、

人は諦めるたり、挫折することで穏やかになったり、人に優しくなれると言います。「現実を受け入れる方が幸せになれる」と悟るんですかね。

 

ですので、努力と我慢は大事ですがそれだけで上手くいくならこの世人間はみんな大統領になります。諦めや挫折も大事なわけです。

それらが少しずつ交じっていくことで自分の足場のようなものが出来上がっていくのではないでしょうか、と最近こう思うようになっているわけですね。

 

そして自分の場合はそれがない。

諦めと挫折がほとんどない。

いや、実際はあるはずなんだけど、

直視しないようにしてる。

言い訳ばっかりしてる。

次は成功する、と問題を先延ばしにしたりして。

おかげで諦めや挫折を受け切らずに人生過ごせてきたわけです。

 

でもそれでは足場はぐらぐらです。

 

ぐらぐらのままでまだ「努力」と「我慢」を続けようとしている。

だからこれは「無理をしている」のではないかと思っているわけです。

 

 

 

 

冒頭に戻りますが

今までの友達はみんな優しいです。

自分が誘ったらきっと遊んでくれます。

話も率先して聞いてくれて、会話に困ったら向こうから話を振ってくれます。それも自然なん感じで恣意的な素振りを一切みせません。

 

でも自分はそんな友達を前にしても

努力と我慢を繰り返します。

それでしか関わり方を知らないからです。そして無理をするようになってしまいます。勝手な消耗です。でもそれでしか関わり方を知らないし、相手もそれが自分のデフォだと思っているので尚更です。変更する方がもっと無理をすることになるんです。

 

だから最近自分は、仕事関係以外ではなるべく人に会わないようになりました。

この辺りで無理をするのをやめてみようと思ったんです。それが自分をもっと孤立させるのか、それとも今まで変に入ってた力が抜けていくのかはわかりませんが、無意識的に人と会うのを避けるようになったんです。この三連休もずっとゲーム実況を見ていました。

 

そして、

やっと本題ですが、

人に会わないようになると

「欲」が減りました。

 

今まで人と付き合う上で、

「自分をこう見せたい」とか

「自慢したい、褒めて欲しい」とか

「こうはなりたくない、ダサい」とか

たぶんいろんな「欲」があって結果無理をすることになってたんだと思うんですね。

 

だから、「無理をすること」を改めれるようになったというよりは、

無理をする機会そもそもを失くしたんですね。

そうすると欲が無くなった。

なんだか今までにない感覚です。

ずっと人目を気にして生きたきたからかな。

 

ちなみに、人との関わりのへの欲がなくなると、

「仕事で結果を残したい」とか

「もっと趣味が上手くなりたい」とか

自分の根本的な欲も薄れてきました。

これは驚きました。

でもそれは

「何もしなくてもいい」

っていう

自己承認みたいなものに繋がっている気がします。

焦らなくていい、そのままあなたが好きよ

みたいな。

掛けなのない愛みたいなもの、幼少期に両親から受ける無常の愛みたいな感じですかね、SPIの性格検査で「自己肯定力がある」って欄に加点されるような。

僕はそこはいつも嘘ついて自信満々マンになっていたんですがたぶん面接でバレてましたね。

 

話はそれましたが、

 

少しでも自分を受け入れられた気がするわけです。

 

 

 

 

 

諦めや挫折を受け入れて、足場が少しだけでも固まった気がします。

 

 

たぶん、明日から仕事が再開して、人と関わっていく度にこの肯定感は無くなっていきます。

いつも無理をする自分に戻ります。

そんな簡単に人は変わらないですよね。悲観的になっているわけではなくて、本当にそう思います。また自分は無理をしてしまう。

 

でもこうやって日々を繰り返していくというか、生きていくことで、少しずつですが足場が固まるんだと思います。

一番怖いことはこうやってあれこれ悩まなくなることですね。

諦めも挫折も感じなくなる。

無理をすることに鈍感になる。

考えなくなる。

すると足場は脆いまま歳だけ重ねて

40で自分探しとか言ってる痛いやつなってしまう。

 

まじて人ごとじゃないから、

今のうちに悩んどかないとと思う。

むしろこの20代で終わらせてやるという気持ちで。

ほんまにいい年した大人が思春期みたいなこと言ってるのはツライ。

だから悩むことを嫌なことと思わんとこ。

 

 

 

終わります。ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。